大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)6737号 判決 1974年11月20日
原告 株式会社豊成社
右代表者代表取締役 橘高脩二
右訴訟代理人弁護士 宮武太
被告 北川蒸
被告 山崎好治
右被告両名訴訟代理人弁護士 佐野実
主文
一、原告の被告北川蒸に対する訴は却下する。
二、被告山崎好治と北川蒸との間において、別紙物件目録記載の土地、建物についてなした昭和四四年三月二二日付売買契約は、これを取消す。
三、被告山崎好治は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地、建物についてなした大阪法務局四条畷出張所昭和四四年四月九日受付第五九四五号、原因同年三月二二日付売買とする各所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。
四、原告の被告山崎好治に対するその余の請求を棄却する。
五、訴訟費用中、原告と被告北川蒸との間に生じた分は原告の負担とし、原告と被告山崎好治との間に生じた分は被告山崎好治の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告
被告両名間において、昭和四二年一二月一四日別紙物件目録記載の物件についてなした代物弁済予約、昭和四四年三月二二日同目録記載の物件についてなした売買契約は、これを取消す。
被告山崎は、同目録記載の物件につきなした、
(イ)、大阪法務局四条畷出張所昭和四二年一二月一四日受付第一八一二一号所有権移転請求権仮登記、
(ロ)、同法務局同出張所昭和四四年四月九日受付第五九四五号所有権移転登記、の各抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は、被告らの負担とする。
との判決。
二、被告
原告の請求は、いずれもこれを棄却する、訴訟費用は、原告の負担とする、との判決。
第二、当事者の主張
一、請求の原因
1、原告は、被告北川振出にかかる別紙手形目録記載の約束手形三通(以下本件約束手形という)を所持し、同被告に対し、合計金一六四万七、〇〇〇円の手形債権を有している。
2、被告北川は、昭和四二年一二月一四日当時、右手形目録1記載の約束手形(満期日同年一二月一〇日)を不渡にしていたほか、他の債権者に対する支払をなし得ず、無資力の状態であった。
3、ところで、被告北川は、右当時、唯一の財産として、別紙物件目録記載の土地、建物(以下単に本件不動産という)を所持していたが、その唯一の財産である本件不動産を昭和四二年一二月一四日、被告山崎に対する債務の担保として代物弁済予約の契約を締結し、右契約を原因として、請求の趣旨第二項(イ)記載の所有権移転請求権仮登記(以下本件仮登記という)をなした。
さらに、被告北川は、無資力の状態が継続するにもかかわらず、昭和四四年三月二二日本件不動産を被告山崎に売渡し、その旨の登記を経由した。
4、被告北川は、右代物弁済予約及び売買をすれば、他の債権者の債権の満足が害されることを知りながら、被告山崎だけに優先的に債権の満足を得させる目的で右代物弁済予約をなし、かつ、本件不動産を同被告に売渡し、唯一の財産を処分したものである。
5、よって、原告は、被告両名間において、本件不動産につきなした昭和四二年一二月一四日付代物弁済予約及び昭和四四年三月二二日付売買契約の取消を求めるとともに、被告山崎に対し、右各行為に基づく各登記の各抹消登記手続を求める。
二、請求の原因に対する被告らの答弁並びに抗弁
1、答弁
請求原因第一項の事実は認める。
同第二項の事実中、手形不渡を出したことは認めるが、その余は争う。
同第三項の事実中、被告北川が本件不動産を所有し、その主張のとおり代物弁済予約をなし、本件仮登記をなしたこと、本件不動産につき、売買を原因として所有権移転登記を経由したことは認めるが、その余は争う。
被告山崎は、被告北川に対し、数度にわたり、合計金一三〇万円の消費貸借上の債権を有していたが、その債権担保として原告の仮差押(昭和四二年一二月二三日)以前に、被告両名間において、本件不動産につき代物弁済予約契約を結び、本件仮登記を完了した。その後、被告北川がその支払をなさないので、昭和四四年三月二二日、被告山崎は、被告北川に対し、代物弁済完結の意思表示をなし、同年四月九日、所有権移転登記を行ったのである。法的に無知なことと後順位登記権利者の存在により、直ちに仮登記を本登記にできなかったため、売買を原因として行ったものである。
同第四項は争う。
2、抗弁
原告主張の本件手形債権は消滅した。
すなわち、原告は、別紙手形目録1記載の手形の満期前の昭和四二年一一月末ごろ、突然倒産の風評を聞いたと称して(当時、手形不渡はでておらず、資金手当も十分なされていた。)被告北川の経営する店舗に大勢の使用人を連れてき、同店にあった商品を実力によって引き上げた。このため、被告北川は他の債権者からも同様の行為に出られ、結局、倒産するに至ったが、原告の右不法な行為がその原因である。
よって、被告北川は、原告に対し、損害賠償請求権を有しているので、本件第二回口頭弁論期日(昭和四五年三月九日)において、右損害賠償請求債権と本件手形債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をなした。
三、抗弁に対する原告の答弁
抗弁事実は争う。
第三、証拠関係≪省略≫
理由
一、初めに、被告北川蒸に対する訴について検討する。
原告のその主張によれば、原告は、受益者たる被告山崎から本件不動産によって得た利得ないしは目的不動産の返還を求める前提として、債務者たる被告北川が、無資力の状態にあり、他の債権者を害することを知りながら、唯一の財産であった本件不動産を受益者たる被告山崎に代物弁済予約、売買等の行為(詐害行為)をなしたとして債務者たる被告北川と受益者たる被告山崎との間の、本件不動産についての右詐害行為の取消を求めるため、被告北川をも被告として訴求していることが明らかであるが、もともと詐害行為取消権行使における詐害行為の取消は、債権者が相手方から詐害の目的たる財産またはこれに代るべき利得の返還を請求する基礎として必要な限度において、債権者に対する関係においてのみ詐害行為の効力を否認する、すなわち相対的に取消すことを目的とした制度であるから、債務者を被告とする必要はないものというべきである。したがって、本件においても、債務者たる被告北川を被告とする必要はなく、ただ詐害行為の取消の必要が認められれば、受益者たる被告山崎との関係においてのみ、その詐害行為(被告北川と被告山崎との間の法律行為)の取消を宣言すれば足るものと解するのが相当である。
したがって、本訴にあっては、被告北川は、その被告適格を欠き、同被告に対する訴は不適法な訴として却下を免れない。
二、次に、被告山崎に対する請求について判断する。
1、請求原因第一項の事実、被告北川が本件不動産を所有していたこと、被告山崎が、原告主張のとおり、本件不動産につき各登記を経由していることは当事者間(原告と被告山崎との間、以下同じ)に争いがない。
2、≪証拠省略≫に前記争いのない事実を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 被告北川は、昭和四二年ごろ、原告外数社から家庭電気製品の卸売を受けて、右製品の小売販売をしていたものであるが、同年一一月末ごろには、本件手形を含め、他の卸問屋にも右商品代金として相当額の手形を振出していたこと、ところが、そのころ、既に、経営が苦しく、原告が所持していた自己振出の手形が不渡になりそうになり、原告会社に依頼して、原告会社にその資金を立替えてもらい、ようやくその不渡を免れたこともあったこと、その際、被告北川は本件不動産を処分してでも原告ら債権者には迷惑をかけない旨伝えていたこと、しかし、被告北川は、同年一二月一〇日、別紙手形目録1記載の手形の不渡を出し、ついに支払不能となって倒産したこと、当時、被告北川は、原告の外にも、約九社余りの債権者があり、その総負債額は、約金八四三万円余あったのに対し、その資産は、本件不動産(土地約金一五二万円、建物約金一六八万円)のほか、備品(約金一五万円相当)、商品在庫(約金三〇万円相当)、売掛債権(約金三〇万円)、電話(約金七万円)等合計金八二万余りの資産があったにすぎなかったこと、
(二)、一方、被告山崎は、被告北川の近所に居住し、同被告と親しい間柄であったが、昭和四二年春から夏ごろにかけて三回にわたり合計金一三〇万円の金員を貸付けたこと、しかし、前記のとおり、被告北川の営業が行詰りをきたしその返済も思わしくなかったので、その返済を強く迫った結果、同年一二月一四日、右債権を担保するため、本件不動産について、被告山崎と同北川との間に代物弁済予約(ただし債権額は金四〇〇万円)が成立し、被告山崎において本件仮登記を受けるに至ったこと、その際、被告北川としては、被告山崎からの今後の融資を内心期待して本件仮登記の設定に応じたが、結局、その目的を達しなかったこと、
(三)、被告北川が、右のように商売も倒産し、本件不動産を唯一の資産とするような状態が継続している間、被告山崎からの請求にもかかわらず、手続上の問題で本件仮登記の本登記手続が困難となっていたことから、昭和四四年三月二二日、被告北川と同山崎との間で、本件不動産を時価金一八〇万円と換算し、うち金一三〇万円は、前記貸金債権をもってあて、残金三〇万円を現金で支払うとの約定のもとに売買契約が成立し、被告山崎がこれを買受けてその所有権を取得し、昭和四四年四月九日付をもってその旨の所有権移転登記をなしたこと、そして、被告山崎は、右買受後、被告北川から本件不動産の引渡を受け、これを第三者に賃貸し現在に至っていること、
以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
右事実によれば、被告北川は、原告を含めた他の債権者を害すること、すなわち自己の一般財産が減少し、債権者の満足の得られなくなることを知りながら、本件不動産を被告山崎に売渡したことが明らかであるから、右行為は、詐害行為として、原告との関係において取消を免れず、また、右行為を前提になされた本件所有権移転登記は抹消されなければならない。(このことは、右売買契約当時、被告山崎が、代物弁済予約上の権利を有し、実質的な担保権者であったとしても、合計金三二〇万円余りの本件不動産を僅か被担保債権金一三〇万円を含めた金一八〇万円で取得している点からしても、右結論に消長をきたすものではない。)
ところで、≪証拠省略≫によれば、本件不動産についてなされた本件仮登記は、大阪法務局四条畷出張所昭和四四年四月一四日受付第六二二五号をもって、被告山崎から訴外広瀬兼夫に移転されていることが明らかであるが、右事実からすると、本件仮登記の抹消及びこれの前提をなす右予約の取消の宣言はいずれも右訴外人を相手方とし同訴外人の関係においてなすべきものであるから(最判昭和四四年四月二二日民集二三巻八一五頁参照)、被告山崎に対する本件仮登記の抹消及びその前提をなす代物弁済予約の取消を求める請求は理由がない。
3、被告山崎は、原告の被保全債権(本件手形債権)が相殺により消滅している旨主張するが、その主張にかかる自働債権の額、具体的な発生原因等が明らかでないから、自働債権の存在自体明確でなく、したがって、右相殺の主張は、その余の点についての判断を待つまでもなく、主張自体失当といわざるをえない。
三、以上説示してきたところによれば、原告の本訴請求中、被告北川に対する訴は不適法として却下を免れず、被告山崎に対する請求については本件不動産についての昭和四四年三月二二日付売買契約の取消及び右契約を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田畑豊)
<以下省略>